夜が来るよ

今晩は、都内の大学に通っている山尾と申します。よろしくお願いします。

私、大学の3年生なんですけど、今年の10月にアパートを引っ越したんです。

はい、前のアパートが、道路の拡張工事に引っかかって取り壊されるためです。

そのことは前から言われてたので、8月ころから新しい部屋を探してました。

不動産屋さん回りをしてたら、すごく条件のいいところが一ヶ所あったんです。

前のところよりも大学に近くて、電車を使わずに通えそうな距離で、 しかも家賃も1万円ほど安いという。

それで、現地を見にいったとき、 不躾かと思ったんですが、不動産屋さんに、

「こんな家賃なのは、 なにかわけがあるんですか?」

って、思いきって聞いてみました。

そしたら、不動産屋さんはちょっと困った顔をしましたが、 外に出て、アパートの裏手側に回ったんです。

そこですね、道をはさんで墓地になってたんです。

もちろん高い塀に囲まれてるので、 外からは墓地だとはわからないんですけど。

でも、私はあんまり気にならなかったんですよ。

というのは、空いていた部屋は2階のいちばん端で、お寺の区画は切れてて、窓からはお墓が見えなかったんです。

不動産屋さんは、「所有者からははっきり聞いてはいませんが、こういう事情で他所よりお安いんだと思います」こう話してました。

それで、立ち退きの期限もあったので、そこに決めちゃったんです。

それとですね、今回の話に関係があるんですけど、キッチンのついた一間の部屋の中を見せてもらってるとき、ガス台の上、換気扇があるところの横に、 金属の赤い箱があったんです。

はい、天井から10cmほど下で、 もちろんイスとかに上がらないと手が届かない高さです。

「あれは?」って聞いたら、「あっ、ガス検知器です」という答えで、 たしかに、真ん中に小さなライトが一つ点滅していました。

そのときはなんとなく納得したんですけど、今考えれば赤い色って変ですよね。

で、引っ越しをしました。

荷物が少なかったので、業者には頼まず、大学のサークル仲間で免許を持ってる人が運んでくれたんです。

その日の夜は、お礼に、新しい部屋でピザなんかをとって、少しお酒を飲んだんですけど、一人、「この部屋、なんかなあ」っていう友だちがいて、「何?」って聞いたら、「気を悪くしないでね。ケチをつけてるわけじゃないんだけど、この部屋、暗く感じない?」

じつは、私もそう思ってたんです。

けどそれは、部屋の照明が古くなっているせいだと考えてました。

蛍光灯だったので、新しい大家さんに、LEDとかに変えられないか話してみようと思いました。

それから、1ヶ月は何も起きなかったです。

照明のほうは旧式で、LEDは無理だったんですけど、蛍光管を変えたら明るくなりました。

先月のことです。夜の8時ころでしたか。

バイトから帰って、キッチンで料理してました。

簡単な献立ですけど、生活費節約のために、毎日自炊してたんです。

そしたら、フライパンの油がパチンとはじけて顔にあたり、びっくりして横の壁にドンとぶつかってしまって。

そのとき、ウインウインってサイレンの音がすぐ上から聞こえて、見るとガス検知器のライトの点滅が激しくなってました。

あわてて火を消したんですが、ガスの臭いはしなかったです。

私がぶつかったせいだと思って、見てみようと机からイスをひっぱり出してるうち、音は消えて、点滅も収まったんです。

はい、それから2週間後くらいですね。

その日は遅く、11時ころに部屋に戻りました。

冷蔵庫から飲み物を出してると、携帯が鳴ったんです。

出てみると地元にいる母でした。

「あ、お母さん、どしたの、こんな時間に?」実家は夜が早くて、ふつうはもう寝てる時間なんです。

母はいつもののんびりした声で、 「お父さんの具合が悪くってねえ」 「え?どういうこと?」 変なことを言うなあと思いました。

私の父は4年前に病気で亡くなってて、母は、実家で兄の家族と同居してるんです。

「お父さんてどういうこと?」 そしたら少し沈黙があって、

「・・・そっちは停電してないのかい?」って。

「何言ってるのよお母さん、私のとことそっち、すごく離れてるじゃない。お母さんのほう、停電なの?」

「そうかい、停電じゃないのかい・・・じゃあ、夜が来るよ」そこで電話は切れました。

その途端、 部屋の電気がぱっと消えたんです。

「え、え? ホントに停電?!」

ウワンウワンウワン・・・ガス検知器がまた鳴り出したんです。

赤い光の点滅で、天井がまだらになって見えました。

「ああ、どうしよう?」

暗い中をキッチンまで行きましたが、もちろんガスはついてないです。

まずこれを止めなきゃと思ったんですが、まごまごしてるうちに音と光が消え、真っ暗闇になったんです。

窓のカーテンを開けてみました。

下は道なので、街灯とかの光が見えるはずなんですが、それもなくて、この地域一帯が停電なんだと思いました。

でも、地震があったわけでも、台風でもないのに。

とにかく暗くてどうにもならず、手探りで机の引き出しから懐中電灯を出したんです。

スイッチを入れると、一瞬だけつきましたが、すぐに消えて、また真っ暗に。

ああ、こんなときに電池切れ。

玄関のドアを開けて外の廊下に出てみました。そしたらやっぱり街全体が真っ暗で。

「そうだ、隣はどうしてるんだろう」はい、私の部屋は端なんですけど、右隣の人はあいさつをして知っていて、私と同じ大学生だったんです。

インターホンを押しましたが反応ありません。

ああ、停電でこれも切れてるんだと考えて、ドアをドンドンとノックしました。

そしたら、ドアが少し開いて、「誰?」という声がしたので、「あたし、隣の山尾」そう言うと、チェーンロックを外す音がしてドアが開きました。

「あ、すみません、 急に停電になったので、何かわかることないのかと思って」

「入って」中はぼうっとオレンジ色の明かりで、部屋のテレビ台の上にロウソクが立ててあったんです。

「あ、準備いいですね。うちは懐中電灯もつかなくて。どうして停電になってるかわかりますか?」

「・・・夜が来たから」

「え? どういうことです?」

「ほら、こっち来てみて」

隣の人は、窓に寄ってカーテンを開けました。

外をのぞくと、 私のとこからは見えない塀の中のお墓が青白く光ってて、たくさんの人がいるように思ったんです。

「え、あれは?」

「死んだ人が少し出てきてるの。夜だから」

「ええ?」

ここで急にすごく怖くなったんです。ロウソクの光に照らされた顔が、別人のように思えてきて。

「私、戻ります」そう言って、逃げるようにして部屋に戻ってきました。

でも、相変わらず真っ暗で。

また、携帯が鳴ったんです。番号は実家から。

おそるおそる出てみると、 やはり母でした。

「お母さん、こっちも停電、これ、どうなってるのよ?!」

「だから、夜が来たんだって。もうすぐお父さんがそっちへ着くよ」

私は携帯を放り出し、部屋の鍵をかけてベッドに飛び込みました。

布団をかぶっていると、ドンドン、ドンドン、ドアをノックする音が聞こえ、

それはドカンドカンと蹴りつける音にかわりました。

でも、私はずっと布団か出ず、そのうちに音は聞こえなくなり、眠ってしまったんです。

目を覚ますと朝の気配がしました。はい、外が明るくなってたんです。

時間は9時を過ぎてましたが、その日、大学の授業は午後からでした。

まず携帯を見ました。でも、実家の母からの着信はなかったんです。

あと、電気もつきました。

すごく怖かったんですが、隣の部屋の前に行ってインターホンを押すと、隣の人が出てきて、「どうしたの?」と聞くので、「昨日、停電ありましたか?」「いや、気がつかなかったけど」こんなやりとりになったんです。

この調子だと、私が部屋に入ったことも否定されるだろうと考えて、言い出しませんでした。

・・・ここまでくると、全部が夢だったって思いますよね。

私は昨日、帰ってきてすぐに寝て、停電する夢を見てた。

そうとしか解釈しようがないです。

念のために、母に電話してみました。

母はすぐ出て「これからパートに行くんだけど、どしたの?」

「昨日の夜、電話した?」

「いや、してない」

・・・あとは、あのガス検知器だけです。

イスに上がって金属の箱を見たら、 4隅がネジ止めされてたんです。

そのときはどうにもならず、大学の帰りにねじ回しを買ってきて、箱を開けました。

中は真ん中に一つだけ、ブレーカーのような大きなスイッチがあって、上にあがってました。

下側に白い紙が貼ってあり、そこに筆字で「夜」ってあったんです。

大家さんに連絡したんですが不在で、不動産屋にかけました。

担当者が出たので解約したいって話すと、理由を聞いてきたから、一言だけ、「ガス検知器の中を見ました」そう言ったら、

「・・・ああ、わかりました。解約は了承します。・・・次のお部屋はお決まりですか?」

頭にきたので電話を切り、誰かに話を聞いてもらいたくてここに来たんです。